静岡県立大学
東京大学
神奈川大学
高エネルギー加速器研究機構
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祖先酵素との融合がモジュール型ポリケタイド合成酵素の構造解析を可能に
発表概要
静岡県立大学食品栄養科学部の伊藤創平准教授、中野祥吾准教授、千菅太一助教、および東京大学大学院農学生命科学研究科 宮永顕正准教授、寺田透教授、唐澤昌之特任研究員、神奈川大学化学生命学部 工藤史貴教授、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 千田俊哉教授らは、祖先配列再構成法をモジュール型ポリケタイド合成酵素(PKS)に初めて適用することで、その立体構造決定を可能とする新たな立体構造解析法を開発しました。本研究成果は、2025年7月25日付けで国際学術誌Nature Communicationsに掲載されました。
モジュール型PKSは、抗生物質として利用される天然物群であるポリケタイド化合物の生合成に関与し、ポリケタイド化合物の化学構造多様性に寄与する重要な酵素です。モジュール型PKSの酵素機能の分子メカニズムを理解するためにその立体構造解明が進められています。しかし、モジュール型PKSは複数の触媒ドメインからなる巨大タンパク質である、という特徴を有するためにその立体構造解析は一般に困難です。そのため、モジュール型PKSの立体構造解析を可能とする手法が求められていました。
今回我々は、祖先型タンパク質に着目しました。祖先型タンパク質は熱安定性や可溶性に優れる、という立体構造解析を進める上で有益な特徴を持つことが知られています。そこで本研究では、モジュール型PKSが持つ複数の触媒ドメインのうち、1つを祖先タンパク質に置き換えた祖先融合モジュール型PKS (現存-祖先キメラ酵素) を用いて立体構造解析を実施する手法を開発しました。祖先融合モジュール型PKSは、X線結晶構造解析、およびクライオ電子顕微鏡による単粒子解析の2つの立体構造解析手法において解析を行いやすい性質 (結晶性?単分散性) を持ち、本手法の有用性が実証されました。さらに、本研究ではモジュール型PKSに祖先型タンパク質を融合する新規立体構造解析法の開発に成功しただけでなく、祖先型タンパク質が単分散性にも優れることを初めて示すこともできました。本手法は、対象タンパク質が限定されない汎用的な手法であり、これまで立体構造解析が困難だった様々なマルチドメインタンパク質への応用が期待されます。
モジュール型PKSは、抗生物質として利用される天然物群であるポリケタイド化合物の生合成に関与し、ポリケタイド化合物の化学構造多様性に寄与する重要な酵素です。モジュール型PKSの酵素機能の分子メカニズムを理解するためにその立体構造解明が進められています。しかし、モジュール型PKSは複数の触媒ドメインからなる巨大タンパク質である、という特徴を有するためにその立体構造解析は一般に困難です。そのため、モジュール型PKSの立体構造解析を可能とする手法が求められていました。
今回我々は、祖先型タンパク質に着目しました。祖先型タンパク質は熱安定性や可溶性に優れる、という立体構造解析を進める上で有益な特徴を持つことが知られています。そこで本研究では、モジュール型PKSが持つ複数の触媒ドメインのうち、1つを祖先タンパク質に置き換えた祖先融合モジュール型PKS (現存-祖先キメラ酵素) を用いて立体構造解析を実施する手法を開発しました。祖先融合モジュール型PKSは、X線結晶構造解析、およびクライオ電子顕微鏡による単粒子解析の2つの立体構造解析手法において解析を行いやすい性質 (結晶性?単分散性) を持ち、本手法の有用性が実証されました。さらに、本研究ではモジュール型PKSに祖先型タンパク質を融合する新規立体構造解析法の開発に成功しただけでなく、祖先型タンパク質が単分散性にも優れることを初めて示すこともできました。本手法は、対象タンパク質が限定されない汎用的な手法であり、これまで立体構造解析が困難だった様々なマルチドメインタンパク質への応用が期待されます。
図1. 本発表の概要。モジュール型PKSの立体構造解析を祖先型タンパク質と融合することで可能とする手法を開発することができました
発表のポイント
- 祖先配列再構成法をモジュール型PKSに対して部分的に適用する新たな立体構造解析法の開発に成功しました。
- モジュール型PKSに祖先型タンパク質を融合する本手法は、結晶構造の分解能を向上させる効果だけでなく、クライオ電子顕微鏡による単粒子解析において重要なタンパク質粒子単分散性を向上させる効果があることが分かりました。
- モジュール型PKSに祖先配列再構成法を適用した初めての研究例であり、祖先型タンパク質が粒子の単分散性を向上させる特徴があることを示した世界で初めての研究例ともなりました。
- 本手法により、モジュール型PKSの立体構造解明が加速され、モジュール型PKSの合理的改変を可能とする知見の集積が期待されます。
- 本手法はモジュール型PKS以外のタンパク質に対しても広く適用可能な汎用的な手法であり、これまで立体構造解析が困難だった様々なマルチドメインタンパク質への応用が期待されます。
発表内容
研究背景
ポリケタイド化合物は微生物などが生産する天然物の一群です。多様な生理活性を示すことから、そのうちいくつかは抗生物質として利用されています (図2)。その幅広い生理活性は、ポリケタイド化合物の化学構造の多様性に起因します。モジュール型PKSはポリケタイド化合物の基本骨格を形成し、その化学構造多様性に寄与する重要な酵素であり、モジュール型PKSを改変することで天然にはないポリケタイド化合物を生み出す試みが進められてきました。しかし、モジュール型PKSの複雑な機能?構造は完全に理解されておらず、望み通りにモジュール型PKSを改変させることは未だ困難とされています。そのため、モジュール型PKSについてよりよく知るためにその立体構造の解明研究が進められてきましたが、モジュール型PKSは複数の触媒ドメインを持つ巨大タンパク質であり、立体構造解析が難しいという課題がありました。そのためモジュール型PKSの立体構造解析を容易とする手法が求められていました。
ポリケタイド化合物は微生物などが生産する天然物の一群です。多様な生理活性を示すことから、そのうちいくつかは抗生物質として利用されています (図2)。その幅広い生理活性は、ポリケタイド化合物の化学構造の多様性に起因します。モジュール型PKSはポリケタイド化合物の基本骨格を形成し、その化学構造多様性に寄与する重要な酵素であり、モジュール型PKSを改変することで天然にはないポリケタイド化合物を生み出す試みが進められてきました。しかし、モジュール型PKSの複雑な機能?構造は完全に理解されておらず、望み通りにモジュール型PKSを改変させることは未だ困難とされています。そのため、モジュール型PKSについてよりよく知るためにその立体構造の解明研究が進められてきましたが、モジュール型PKSは複数の触媒ドメインを持つ巨大タンパク質であり、立体構造解析が難しいという課題がありました。そのためモジュール型PKSの立体構造解析を容易とする手法が求められていました。
図2. モジュール型PKSとポリケタイド化合物
研究内容
今回我々は、祖先型タンパク質に着目しました。祖先型タンパク質は文字通り、現在存在しているタンパク質の分子進化上の祖先にあたるタンパク質です。祖先型タンパク質は熱安定性や可溶性に優れる、という立体構造解析を進める上で有益な特徴を持つことが知られています。そこで本研究では、モジュール型PKSが持つ複数の触媒ドメインのうち、1つを祖先タンパク質に置き換えた祖先融合モジュール型PKS (現存-祖先キメラ酵素) を用いて立体構造解析を実施する手法を考案しました (図3)。まず、現存モジュール型PKSの一部分 (アシル基転移酵素、AT部分) の祖先型タンパク質 (AncAT) のアミノ酸配列をデザインしました。AncATのアミノ酸配列のデザインは祖先配列再構成法 (ASR) で行いました。ASRは現存タンパク質の分子進化に関する系統樹の節にあたる祖先のタンパク質のアミノ酸配列を数学的に復元する計算手法です。AT部分をAncATで置き換えた祖先融合モジュール型PKSの酵素活性を調べたところ、現存モジュール型PKSと変わらない酵素活性を持つことが分かりました。そのため、祖先型タンパク質との融合は、現存酵素本来の機能に影響を与えないことが分かりました。
次に、祖先融合モジュール型PKSのX線結晶構造解析に取り組んだところ、X線照射実験に適した良質なタンパク質結晶を得ることができました。高エネルギー加速器研究機構 (KEK) の放射光施設 (フォトンファクトリー) を利用し、ビームラインBL-5Aでの高輝度X線照射実験によって収集した回折強度データを解析することで祖先融合モジュール型PKSの結晶構造を決定しました (図3)。祖先融合モジュール型PKSの結晶構造は現存モジュール型PKSとよく似ていました。さらに、MDシミュレーションによって両者は動的性質も同様であることが確かめられ、祖先型タンパク質との融合は現存酵素の立体構造にも影響を与えないことが分かりました。祖先融合モジュール型PKS結晶構造の分解能は、現存モジュール型PKS結晶構造の分解能を大きく上回っており、祖先型タンパク質を融合する本手法はX線結晶構造解析において有用であることが示されました。
今回我々は、祖先型タンパク質に着目しました。祖先型タンパク質は文字通り、現在存在しているタンパク質の分子進化上の祖先にあたるタンパク質です。祖先型タンパク質は熱安定性や可溶性に優れる、という立体構造解析を進める上で有益な特徴を持つことが知られています。そこで本研究では、モジュール型PKSが持つ複数の触媒ドメインのうち、1つを祖先タンパク質に置き換えた祖先融合モジュール型PKS (現存-祖先キメラ酵素) を用いて立体構造解析を実施する手法を考案しました (図3)。まず、現存モジュール型PKSの一部分 (アシル基転移酵素、AT部分) の祖先型タンパク質 (AncAT) のアミノ酸配列をデザインしました。AncATのアミノ酸配列のデザインは祖先配列再構成法 (ASR) で行いました。ASRは現存タンパク質の分子進化に関する系統樹の節にあたる祖先のタンパク質のアミノ酸配列を数学的に復元する計算手法です。AT部分をAncATで置き換えた祖先融合モジュール型PKSの酵素活性を調べたところ、現存モジュール型PKSと変わらない酵素活性を持つことが分かりました。そのため、祖先型タンパク質との融合は、現存酵素本来の機能に影響を与えないことが分かりました。
次に、祖先融合モジュール型PKSのX線結晶構造解析に取り組んだところ、X線照射実験に適した良質なタンパク質結晶を得ることができました。高エネルギー加速器研究機構 (KEK) の放射光施設 (フォトンファクトリー) を利用し、ビームラインBL-5Aでの高輝度X線照射実験によって収集した回折強度データを解析することで祖先融合モジュール型PKSの結晶構造を決定しました (図3)。祖先融合モジュール型PKSの結晶構造は現存モジュール型PKSとよく似ていました。さらに、MDシミュレーションによって両者は動的性質も同様であることが確かめられ、祖先型タンパク質との融合は現存酵素の立体構造にも影響を与えないことが分かりました。祖先融合モジュール型PKS結晶構造の分解能は、現存モジュール型PKS結晶構造の分解能を大きく上回っており、祖先型タンパク質を融合する本手法はX線結晶構造解析において有用であることが示されました。
図3. 本研究で確立した祖先型タンパク質の融合による立体構造解析法の概略, および本発表におけるX線結晶構造解析の実施例
祖先融合モジュール型PKSのクライオ電子顕微鏡による単粒子解析にもチャレンジしました。この立体構造決定手法では、クライオ電子顕微鏡と呼ばれる最先端の電子顕微鏡で高倍率の画像(マイクログラフもしくは電子顕微鏡画像)を数千枚程度撮影し、これらの画像に写っている同一の構造を持つタンパク質粒子(単粒子の所以)の二次元透過像(粒子画像とも呼ばれる)を数十万から数百万枚程度切り出して、これら透過像から三次元再構築法を用いて立体構造を決定する解析法です。高エネルギー加速器研究機構でクライオ電子顕微鏡Titan Krios G4 (Thermo Fisher Scientific) を利用し、祖先融合モジュール型PKSのデータセットを取得するとともに、比較対象として、現存モジュール型PKSのデータセットも取得しました。現存モジュール型PKSの場合ではタンパク質分子同士が凝集してくっついてしてしまい解析することができませんでしたが、祖先融合モジュール型PKSではタンパク質分子が単分散しており構造解析計算を進めることができました (図4)。解析の結果、祖先融合モジュール型PKSのクライオ電子顕微鏡構造を決定することにも成功しました。本クライオ電顕単粒子解析結果は、ASRでデザインされた祖先型タンパク質では、その単分散性が向上することを示す世界初の例となりました。
図4. 現存モジュール型PKSと祖先融合モジュール型PKSのクライオ電子顕微鏡による単粒子解析
今後の展望
本研究により、モジュール型PKSの一部分を祖先型タンパク質に置き換える立体構造解析法を新たに確立することができました。本手法を用いることで、これまで困難だったモジュール型PKSの立体構造解析が進み、その機能?構造をより深く理解することができるようになります。モジュール型PKSの合理的改変が可能となり、自由自在に非天然型ポリケタイド化合物を作り出せる未来の実現に一歩近づくことができました。また、本研究の立体構造解析法の適用範囲はモジュール型PKSに限定されない汎用的な手法です。そのため、これまで立体構造解析が困難だった様々なマルチドメインタンパク質への応用によって、構造生物学研究の発展に広く貢献することも期待されます。
本研究により、モジュール型PKSの一部分を祖先型タンパク質に置き換える立体構造解析法を新たに確立することができました。本手法を用いることで、これまで困難だったモジュール型PKSの立体構造解析が進み、その機能?構造をより深く理解することができるようになります。モジュール型PKSの合理的改変が可能となり、自由自在に非天然型ポリケタイド化合物を作り出せる未来の実現に一歩近づくことができました。また、本研究の立体構造解析法の適用範囲はモジュール型PKSに限定されない汎用的な手法です。そのため、これまで立体構造解析が困難だった様々なマルチドメインタンパク質への応用によって、構造生物学研究の発展に広く貢献することも期待されます。
論文情報
雑誌: Nature Communications
題目: Ancestral sequence reconstruction as a tool for structural analysis of modular polyketide synthases
著者: Taichi Chisuga, Shota Takinami, Zengwei Liao, Masayuki Karasawa, Naruhiko Adachi, Masato Kawasaki, Toshio Moriya, Toshiya Senda, Tohru Terada, Fumitaka Kudo, Tadashi Eguchi, Shogo Nakano, Sohei Ito & Akimasa Miyanaga
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-025-62168-0
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-025-62168-0(外部サイトへリンク)
題目: Ancestral sequence reconstruction as a tool for structural analysis of modular polyketide synthases
著者: Taichi Chisuga, Shota Takinami, Zengwei Liao, Masayuki Karasawa, Naruhiko Adachi, Masato Kawasaki, Toshio Moriya, Toshiya Senda, Tohru Terada, Fumitaka Kudo, Tadashi Eguchi, Shogo Nakano, Sohei Ito & Akimasa Miyanaga
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-025-62168-0
URL: https://www.nature.com/articles/s41467-025-62168-0(外部サイトへリンク)